タイトル: 愛護か愛誤か
投稿者 : 空き地。
URL : 未登録
登録時間:2008年3月2日19時41分
本文:
みなさん、こんにちは。
動物愛誤の場合は、団体がボランティアを集めて作業にあたらせる
ところから、私が考えてるところの悪徳定義「逮捕や摘発され
なくても、他人に虚言を吐いたり意図的に錯誤させて、金品をとる行為」
に、「無償の人材をとる」という項目がプラスされます。
ざっくばらんに言うと、「動物のためと呼びかければ、金も物も集まるし
人件費もいらない(ただ働きさせる)」ことの「旨味」を知って行われる
のが「愛誤」ではなかろうかと。
でも、そう正直に公式ブログでは書かないから、その見極めが困難ですが
少なくても私は次の視点で見ることが必要だと思ってます。
「昔から今日まで、集まったペットの頭数および活動費用の整合性が
とれていること」
「愛護活動をすることによって、自らに特権の地位が与えられたと
錯覚していない、さらに、錯覚した特権意識で、反社会的行動に出て
いないこと(簡単に言うと、近所に迷惑かけていないか?)」
「ポランティアから嫌われていないこと。(実際に現場で働くのは
ボランティアですが、彼ら彼女らを足蹴にしていないこと)」
「管理能力をはるかに越える頭数を扱おうとしないこと」
(↑は先のポランティアの件と関係してきます。人心が離れた団体は
ペットの頭数が多くなればなるほど、世話が不可能になります)
さらに、「愛」の文字をつけるからには、次のポイントも付加される
でしょう。
「やたらと集めたペットの頭数にこだわっていないこと」
ペット一頭の命の重さを感じているならば、頭数なんて関係ないはず
ですね。
でも、支援者が安心して募金できる団体を目指しているならば
「頭数と支援金の整合性。不透明を透明化する」といった努力は
やはり必要ではなかろうかと。
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